会社の取締役は、経営の中心に立つ重要な立場です。
しかし、「任期が終わったから」「辞任届を出したから」といって、すぐにその責任から解放されるわけではありません。
今回は、取締役の基本的な義務とともに、後任が決まらない場合にどうなるのか――実務上よくある誤解を交えながら解説します。
■ 善管注意義務(会社法330条・民法644条)
取締役は、会社の業務を「善良な管理者の注意」で遂行する義務を負います。
つまり、会社の財産や信用を、自分のもの以上に丁寧に扱うことが求められます。
たとえば、新規取引の契約内容を十分に確認せず、結果として会社に損害が出た場合、
「慎重に判断すべきだった」として、取締役個人に損害賠償責任が及ぶことがあります。
経営判断にはリスクが伴いますが、合理的な根拠に基づく判断だったかが問われる点を意識しておくとよいでしょう。
■ 忠実義務(会社法355条)
取締役は、法令・定款・株主総会の決議を守り、会社のために誠実に行動する義務があります。
たとえば、
- 知人の会社に便宜を図る
- 会社の情報を個人の利益に使う
といった行為は、善意であっても「会社のための行動」とはみなされません。
経営判断では、自分の利益よりも会社の利益を優先する姿勢が重要です。
■ 競業避止義務・利益相反取引の制限
取締役は、会社と利益がぶつかるような行為をしてはなりません。
たとえば、自分の別会社で本業と同種の事業を行う場合、または会社の資産を私的に使う場合などです。
これらは、取締役会などの承認が必要とされており、無断で行うと損害賠償の対象になることもあります。
特に中小企業では、家族経営や兼任役員などで線引きが曖昧になりがちなので注意が必要です。
■ 報告義務
取締役には、自身の担当業務について取締役会や会社に対して適切に報告する義務があります。
これは、「隠さず、共有すること」で会社のリスクを防ぐための仕組みです。
たとえば、経営上のトラブルや債権回収の遅れなどを黙っていると、会社全体の意思決定に支障が出てしまいます。
早めの報告・相談が、結果として取締役自身を守ることにもつながります。
■ 権利義務取締役(会社法346条1項)
ここが実務で特に誤解されやすいポイントです。
取締役の任期が満了したり、辞任届を提出しても、後任の取締役が選任されていない場合には、すぐに退任登記ができません。
このような場合、退任予定の取締役は「権利義務取締役」として、後任が選任されるまで引き続き職務を行うことになります。
たとえば――
- 取締役が辞任したいと申し出た
- しかし、会社の定款で定める最小人数(例:取締役3名)を下回る
このような場合、後任が決まるまで辞任の登記はできず、職務は継続します。
後任が就任し、定款の要件を満たした時点で、退任登記を行う(退任日を遡及して登記する)というのが、実務上の一般的な処理です。
■ 実際にあったトラブル事例
ある中小企業で、3名取締役のうち1名が辞任を申し出ました。
ところが後任の選任が遅れ、会社はしばらく2名体制に。
この場合、登記上は3名必要とされていたため、辞任した取締役は「権利義務取締役」として引き続き職務上の責任を負うことになりました。
つまり、退任登記をしていなくても、実質的には取締役の義務は残るのです。
■責任の重さを軽く見ると危険
取締役が善管注意義務や忠実義務に違反した場合、会社に対して損害賠償責任(会社法423条)を負う可能性があります。
また、代表取締役などは対外的にも会社を代表する立場であるため、社会的信用を損なうような行為にも注意が必要です。
会社の資産、従業員の生活、取引先との信用――それらを預かる立場だからこそ、
- 情報を丁寧に扱う
- 判断を急がない
- 報告・相談を怠らない
こうした姿勢が最も大切です。
■ まとめ
取締役は、単に名義上の立場ではなく、会社を支える「信頼の責任者」です。
任期満了や辞任後も、後任が決まるまでは「権利義務取締役」として法的責任を負うことを忘れてはなりません。
また、退任登記は「後任が選任され、定款で定める取締役数を満たした段階」で行われるのが実務的な流れです。
会社の成長を支えるためにも、取締役の立場と責任を正しく理解し、誠実かつ透明性のある経営を心がけましょう。