「遺言を書こうと思ったのですが、全部手書きでないとダメなんですよね?」
これは私が生前対策のご相談を受けると、かなりの頻度で耳にする言葉です。
実際、以前の法律(改正前の民法968条)はとても厳しくて、遺言の全文を自筆で書かなければ無効とされていました。
日付も氏名も本文も、財産の一覧もすべて手書き。財産が少ない方ならまだしも、不動産を複数持っていたり、銀行口座や株式、投資信託など金融資産が多い方にとっては、膨大な作業を一人で行う必要がありました。
私の事務所にも、遺言を書こうとして途中で諦めてしまったという方がいらっしゃいました。
「途中で数字を間違えてしまった」「何度も書き直したら字が汚くなってしまった」「そもそも手で書くのがつらい」…そんな声を聞くたびに、この制度は現実に合っていないと感じていました。
実際に、方式に不備があってせっかくの遺言が無効とされてしまった例も少なくなかったのです。
2019年の法改正で変わったこと
こうした不便や不合理を解消するため、2019年1月13日から民法が改正され、自筆証書遺言の方式が緩和されました。大きなポイントは「財産目録」の扱いです。
意思表示の本文(例:「自宅の土地建物は長男に相続させる」など)は従来どおり自筆が必要ですが、財産の一覧については以下のような方法が認められるようになりました。
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パソコンで作成した表を印刷して添付
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不動産なら登記事項証明書のコピーを添付
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預金なら通帳のコピーを添付
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株式や有価証券なら、証券会社の残高報告書などを添付
これにより、わざわざ全てを手書きで書き写す必要がなくなったのです。
ただし注意点もあります。財産目録の各ページには必ず署名押印をしなければなりません。ここを忘れてしまうと、せっかくの遺言が無効になる可能性があります。
実務では、この署名押印の漏れが意外と多いので、サポートするときには必ず確認しています。
実務で感じるメリット
この改正によって、遺言を作るハードルは大きく下がりました。
実際に「以前は無理だと思っていたけれど、これなら書けそうです」と言ってくださる依頼者も多くなりました。
不動産が10筆以上ある方でも、登記事項証明書をそのまま添付すれば良い。
預金口座が複数ある場合も、通帳のコピーを貼り付ければ済みます。
以前なら「書ききれないから遺言はやめておこう」となっていた方々が、「これなら家族に迷惑をかけずに済む」と前向きに取り組めるようになったのです。
さらに安心のために ― 保管制度の登場
そしてもう一つ大事な変化があります。2020年7月から始まった「自筆証書遺言保管制度」です。これは、自筆証書遺言を法務局に預けて保管してもらえる仕組みです。
これまでは、自筆証書遺言は自宅の引き出しや自宅金庫に保管するのが普通でしたが、それだと紛失や改ざんのリスクがあります。また、相続が始まった後には家庭裁判所で「検認」という手続きが必要でした。
しかし保管制度を利用すれば、遺言を法務局に預けられるので安心ですし、検認手続きも不要になります。つまり、残されたご家族がスムーズに相続手続きを進められるのです。
専門家としての思い
相続や遺言の仕事をしていると、「もっと早く準備しておけばよかった」と後悔されるご家族を何度も見てきました。
遺言は「お金持ちの人が書くもの」「自分には関係ない」と思われがちです。しかし実際には、ごく普通の家庭でも「誰が不動産を引き継ぐのか」「預金はどう分けるのか」で揉めることは珍しくありません。
だからこそ、元気なうちに遺言を準備しておくことが大切です。そして今回の法改正によって、自筆証書遺言は以前よりもずっと作りやすくなりました。
まとめ
改正前は「全文を手書きしないと無効」という厳しいルールがありましたが、2019年の改正により財産目録はパソコンやコピーでも作成できるようになり、遺言は格段に書きやすくなりました。
さらに2020年からは法務局での保管制度も整備され、紛失や改ざんのリスクも大幅に減っています。
「まだ自分には早い」と思われる方も多いでしょう。けれども、元気なうちに準備することで、ご本人もご家族も安心できます。私は、遺言を作ることは“残された家族への思いやり”そのものだと思っています。
ぜひ一度、遺言について考えてみてください。きっと将来の安心につながるはずです。